2007年06月23日

あなたが体験した愛車との別れ~コロナでケーキ~

おれが8歳だったころ、日曜日に父がおれを、買ったばかりの白いコロナで買い物に
連れて行ってくれた。おれは野球板を買ってもらって(年がばれる・・・)大喜びして
いたんだけど、父にはもうひとつの目的があった。

その年、おれの両親は結婚10周年を迎えていたんだ。父はいわゆる猛烈サラリーマンで、
あまり家にいなかったから、おれはむしろ、母との結びつきを強く感じながら育った。
だからその日も、車の助手席に乗っていてなんだかちょっとだけ居心地が悪かった
印象がある。


父は、ケーキを作るための材料をたくさん買った。そして家に帰って、本を読みながら、
父とおれは二人で一生懸命ケーキを作った。何回やってもダマダマになってしまって、
どうやっても母が作るみたいなおいしいケーキはできなかった。


449 :448 :04/01/31 21:11 ID:KHdrf+Uz

ようやくできたケーキをコロナの後部座席に乗せる。父はアクセルもブレーキも静かに静かに踏んで、
病院に向かう。母はそのとき、おれの妹になるはずだった子供を流産した後の経過が悪く、
入院していたんだ。


病室の母にケーキを届けると、母はとても喜んでくれた。すごく嬉しい。こんなにたくさん、
とても一度に食べきれないよ。だから、今、一緒に食べよう。でもね、隣のベッドの患者さんは、
誰も身寄りがない人なの(そのときはちょうどいなかった)。だから、三人で車のなかで
食べようよ。


最初は父が助手席に座って、母とおれは後部座席に座った。だけど、お父さんだけ前じゃ
寂しいよって母が言って、おれたちは後ろの座席に三人並んでケーキを食べた。肘が当たったりして
窮屈だったけど、父も母もおれもいっぱい笑って、すごく楽しかったんだ。


母の病状は、それからしばらくして回復した。


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それから13年後、おれの家にはまだそのコロナがあった。あの日以来、父は家族三人をたくさん
ドライブに連れて行ってくれるようになった。免許を取ったおれが初めて運転したのもそのコロナ
だった。


17万キロを走ったコロナは、駐車場が露天だったせいもあって錆がひどく、室内の雨漏りも
するようになっていたので、父も買い替えを決断した。


新しい車が来る日、おれが昼近くになって起きると、台所で父と母が二人で何か作っていた。
寝ぼけ眼のおれだったが、すでにだいぶ前から、家族の中で一番力が強いのはおれになって
いたから、母は迷うことなくおれに泡立て器を持たせた。


そして、あの日と同じように、三人でコロナの後部座席に並んで座って、ケーキを食べた。
ケーキを口にした瞬間、いろんな思い出が走馬灯のようにおれの脳裏をよぎって、涙があふれた。
母は子供みたいに声を出して泣いた。父はずっと窓の外ばかり見ていた。

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投稿日時: 2007年06月23日 22:49 | パーマリンク |TOPページへ画面上へ

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